ヒューマンビートボクサー「TATSUYA」×terpsi|スペシャルインタビュー|(前編)


ダンサー向けコンテンツを多く配信しているterpsi(テプシー)が本日お届けするのはヒューマンビートボクサー、「TATSUYA」へのスペシャルインタビュー。
プレイヤーとして日本一の称号を手に入れ、テレビやCM等、メディアへの出演を多くこなすだけでなく、「一般社団法人日本ヒューマンビートボックス協会」の設立や、日本一のビートボクサーを決める大会『JAPAN BEATBOX CHAMPIONSHIP』のプロデューサーなどを務める“ヒューマンビートボックスシーンを担う男”へのインタビューに成功しました。
これから拡大が期待されるビートボックスシーンを担う男、TATSUYAは何を思っているのか?そして彼が望むこれからのビートボックスシーンとは?その他にも今まで聞けることの無かった内容が盛りだくさん。
前後編に分けてたっぷりとお届けします!
ヒューマンビートボクサーはもちろん。ダンサーや、シーンを拡大させていくには何が必要なのか知りたい人も必見です!

Q.それでは、まず最初にヒューマンビートボックスを始めたきっかけ、経緯を教えてください。
TATSUYA
元々、学生時代に、自分にしかない表現というのをすごく探していて、洋服関係に行ったり、映画監督になりたいとか、そういう要望があったんですけど、たまたま地元でビートボックスをしている先輩がライブをやっていて、見にいったときにすごい衝撃を受けたんです。
で、自分が何やろうか色々迷ったけど「これなんじゃないかな」と。でも最初はそんなに、ビートボックスで食っていこうとは思っていなくて、ただライブを見た時にビビっと来た感じで始めたんですよね。

Q.表現に関して、「自分の個性が欲しい」という感覚はいつから持たれていたんですか?
TATSUYA
高校生くらいからですね。いきなりなんですけど、高校生の時に死ぬのが怖いと思ったことがあって、
「なんで怖いんだろう」って思ったときに、死ぬこと自体は怖くないけど、存在を忘れられるってことが怖いということが分かりました。
その時に、「存在を忘れられないように、死ぬまでに何かを残そう」と思ったんです。それは、自分にしかないものじゃないとだめだなと思って、すごい“自分にしかないもの”を探してたんです。ただ、器用でもないし音楽センスがあったわけでもなくて、どうしようかなと思って探してたときにビートボックスに出会ったんです。それが専門の1年目、20歳になったときだったたので20歳からビートボックスを始めたという感じですね。

Q.中高生のときは何をしていたんですか?
TATSUYA
部活はテニスをやっていたのと、中学生のときにわりと控えめの性格で、人に合わせて生きてきたので、個性もくそもなくて(笑)
でも、やっぱりその中で個性を出して生きてる人ってすごくいいなと思っていて。
高校生になったとき、学校の生徒会に入って、一年生で副委員長までやって、自分がどこまでやれるかを試すようになったんです。

terpsi(テプシー)で以前、sh0hのインタビューを掲載されていたかと思うんですけど、sh0hはすごい物事考えてるし、行動するし、「そんなに焦んなくてもいいじゃん?」って思う人もいるかもしれないけど、自分もsh0hと同様、すごい物事を考えるタイプで。

周りから見たら「なんでそんなことやるの?」っていう。そんな動かなくていいじゃんって言われるんですけど、死ぬこととか、自分が生きてる間にやらなきゃいけないことを逆算して考えたときに、今自分が動かないとだめだっていう衝動に駆られることが多くて。
でも、当時はとりあえず何からやっていいかわからないから、生徒会やってみようと、思いつきで行動してました(笑)

Q.ビートボックスを始めた頃はどんな練習をしていたのですか?
TATSUYA
初めて見た先輩にどうやって練習したらいいんですか?って聞くと、「こういうのを聞いて練習するといいよ」って言われて、海外のビートボックスのアーティストのおすすめのCDとかを聞いたんです。

そのCDを聞いてからはもう、四六時中ビートボックスしてました。ビートボックスって口があればできるので、練習場所は問わないんです。さすがに人ごみとか電車の中ではやらないですけど、家にいるときとか、外歩いてるときとかはずっと。布団こもってやったりとか(笑)

ビートボックスのアーティストのCDがあるんですね。
TATSUYA
そうなんですよ。今も生きてるんですけど “レジェンド”って言われている「Rahzel(ラゼル)」っていう人のCDを聞いてました。すごいんですよ。「The Roots」っていうバンドのメンバーで。
そのCDをひたすら聞いて、「なんだこれ!」みたいな。「どうやってこんな音出してんだ!」っていうのを頭でイメージを膨らませて、耳コピをしたというか。(笑)
完全に独学ですね。今でもずっと独学です。
TATSUYAさん

では、自分のオリジナルの音や、新しい音が増えるのはどういう時なんですか?
TATSUYA
色んなタイミングがあるんですけど、多いのは人がやっている技を真似して、自分のものにして、自分の持ってる他の音と組み合わせてやってみると「意外と誰もやってないな」と言えるような音になってたりとかしますね。
あと自分の代名詞、世界中で認知されるキッカケになった「スラップベース」っていうエレキベースの弦を弾いて演奏するテクニックがあるのですが、この音は弦楽器を初めてビートボックスでやったのが僕だったので名前を覚えてもらう良い機会になりました。
その「スラップベース」は自分の好きなアーティストの音を聞いてビートボックスにしました。「雅(みやび)」っていうビジュアル系アーティストなんですけど、アコースティックギターでスラップするんですよ。それを見て、なんだこれ、と思って、それをギター弾けないんで、「口でなんとかやろう」と思って、やったのがすごく評価されて。

Q.独学でビートボックスを続けていて辛かったこと、難しかったことは何ですか?
TATSUYA
良かったことが多すぎて「辛かったな」ということはあんまり無いですね。
でも今思うと「自分、もうこれ以上独学しても上手くならないんじゃないかな?」っていうことは何回もあって、それを超えるのが結構大変でしたね。

Q.そういう時はどういう風に辛さを超えたのですか?
TATSUYA
とりあえず練習しても何も生まれないんで、ひたすらもがいて、他のアート、普段聞かない音楽、ダンスとかからフィーリングをもらって、今もらったフィーリングをビートボックスでうまく出せたら面白そうだなとか、そういうのを探しまくって、自分の殻をぶち破ってくって言う感じですね。

スキル的な面というよりは普段触れることの無い表現から良いものを感じ取ってくるという感じなんですね。でも良かったことが多過ぎるっていうのはすごいですね。
TATSUYA
ほんとそうですね。今になってビートボックスを続けていて難しかったことが出てきたんですけど、僕ら世代が初めて自分たちの力で仕事をとったりとか、レッスンやってみたりとかやった始めの世代なんですよ。だから開拓するのは最初は難しかったですね。

Q.まさに開拓した世代なんですね。ライブとかも自分たちで始められていたんですか?
TATSUYA
最初は、出来上がったヒップホップのイベントに、ライブの一環とかで出させてもらって、ラッパーとかMCとかとコラボさせてもらって、普通の出演者の枠で出て。っていう感じでしたね。
その後は、ビートボックスだけのイベントをやってみたけどやっぱり難しいんですよ。集客も難しいし、出演者も少ないし。で、僕が最初に打ち出したのは、ダンスとビートボックスを混ぜたイベントでした。
ダンサーさんのエントリーも多いし、収益の面で助けてもらって、ビートボックスもそれに合わせて成長していって、っていう感じでしたね。

結構前から、ダンサーさんとの関わりが深かったんですね。
TATSUYA
はい。それこそまだバイトしてるときに、21,22くらいのときにEXILEのHIROさんが所属していた「ZOO」っていうグループのボーカルの「SATSUKI」さんっていう方が、僕がクラブでライブやってるのを見て拾ってくれたんです。
「ZOO」って本当、“ダンスグループの超大御所”なんで、「ZOO」周りの大御所ダンサーの方達に良くしてもらって、そこからダンスの関わりが始まったんですよ。

しかも、実は弟がダンサーなんですよ(笑)『DANCE@LIVE』のWorld Finalに出るような。Jyunkiって言う自慢の弟です。
B-BOYなんですけど、弟が小学生くらいの時に自分が高校生で、あるダンサーのショーケースを弟に見せてからそれに感化されて弟はダンス始めたんです(笑)

Q.ダンスと言えば、TATSUYAさんは“ストリートダンス”をコンセプトにしたシューズブランド「JADE」のPVにも出演されてましたよね?

TATSUYA
はい。出演させてもらいました。あれはダンスチームのTwiggz Fam(トゥウィッグスファム)さんから「プロモーションしてみないか」ってご紹介頂いたんです。僕、結構靴が好きで、ジョーダンとかアディダスとか好きで履いているんです。でも、正直JADE(ジェイド)のことを知らなかったんですよね。で、どうなのかなって思ってたんですが、話を聞いた際に「これからどんどんダンサーさんに履いてもらえる靴を作りたい」って言っていて、それに対しての熱意っていうのをすごく感じて、自分も今までの活動を通して“0から作ること”の辛さを知っていたので、その熱意を感じて「一緒にやってみたい」って思って参加させてもらった感じですね。

今では実際にJADEの靴を何足か持っていて、履かせて頂いてます。

あと、僕がプロデュースしている「the rhythm control crew」(ザ・リズムコントロールクルー)というチームがあって、今回の『JAPAN BEATBOX CHAMPIONSHIP』のチームバトルで日本一になったんですが、自分たちでビートボックスをしながらダンスをするユニットなんです。で、「the rhythm control crew」の子達も全員JADEを履いてますね。

Q.ビートボックスをやりながらダンスすることって可能なんですか?
TATSUYA
僕が結構新しいことを常にやらないとだめな性格で。日本ヒューマンビートボックス協会を立ち上げたりとか、日本一を決める大会を開催したり、女性のビートボクサーを排出したりとかしてるんですけど、「次は子どもをやりたいな」と思っていたときに、キッズビートボクサーを集めている時にたまたま踊れる子どもが多くて。そこで「踊りながらやれるユニットあったら面白いな」って思ってビートボックスの中にダンスを取り入れてます。多分今、子どもたちで、メンバー全員が踊れるビートボックスチームって世界でもこの子たちだけですよ。

Q.TATSUYAさんはダンサーとのコラボをされる機会が多いように思うのですが、普段とは違う面白みだったり、ダンサーに対して何か思うことはありますか?
TATSUYA
僕はコラボだけでなく、セッションをしたりする機会も多いのでコラボだけでなくセッションも好きですね。
「コラボ」と「セッション」同じような言葉だと感じるかもしれませんが、僕は「セッション」なのか「コラボ」なのかで結構違うなって思っています。
コラボは楽曲を「こういうジャンルやってよ」って言われて踊ることが多いんですけど、それってCDかけてるのとあんま変わんないと思うんですよ。“決まった音で感じるもの”というか。
でもセッションは、その人の生き様と生き様のぶつかり合いかなと思ってるんですよ。なので、その相手に、自分の価値観を求めすぎない。けど、お互いを共有し合えるというか、そういうところを大事にするのがいいのかなと思っています。

もちろん、自分も100%出して、相手も100%出すけど、結果的に作品としてセッションが30%っていう、よくない方向になることもあるんですけど、たまに120%,200%って自分たちの想像を超えた瞬間すごい楽しいです。


お話の途中ですが、ここでヒューマンビートボクサー「TATSUYA」×terpsi|スペシャルインタビュー|(前編)は以上となります。“ビートボックスシーンを担う男”のビートボックスを始めたキッカケや、ダンサーとの意外な接点を聞くことができました。「TATSUYA」×terpsi|スペシャルインタビュー|(後編)では、TATSUYAが設立した「一般社団法人日本ヒューマンビートボックス協会」の設立秘話や、日本一のビートボクサーを決める『JBC』の裏話、TATSUYAのこれからの目標まで。濃いインタビューとなっておりますのでご覧下さい!

▶︎「TATSUYA」×terpsi|スペシャルインタビュー|(後編)はこちら

インフォメーション

▶︎TATSUYA Twitterアカウント
 https://twitter.com/tatsuya_beatbox

▶︎一般社団法人日本ヒューマンビートボックス協会HP
http://www.japanbeatbox.com/

▶︎JADE公式サイト
http://www.jade-shoes.com/

▶︎JADEオンラインショップ
http://shop.jade-shoes.com/

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