【前編】世界を魅了する「レッキンクルーオーケストラ」の最新単独公演『DOOODLIN’(ドゥードゥリン)』記念! リーダーのYOKOI氏特別インタビュー! 前編


早速ですが、まずはこちらの動画をご覧下さい!


多くの方が1度は見たことがあると思います。TVやCMでも話題を巻き起こした“光のダンス”
“光のダンス”を踊るのはダンスチーム「レッキンクルーオーケストラ」。

その”光のダンス”は「音が見える!」とダンサーはもちろん、ダンス未経験者からの反響も大きく、一躍有名に。
以降、世界15カ国以上でのパフォーマンスや単独公演の成功、企業CMでの起用など、ダンサー界も衝撃の偉業を達成してきました。

そんな彼らが、2015年に打ち出すプロジェクトが、
“東京でのロングラン公演『DOOODLIN’(ドゥードゥリン)』”

今回、terspi(テプシー)では、『DOOODLIN’』のチケット一般販売を記念して、
「レッキンクルーオーケストラ」リーダーであるYOKOI氏にインタビューをさせて頂きました!

「レッキンクルーオーケストラ」を結成する以前の話、結成後の舞台づくりにかける思い、光のダンスを始めた経緯、そして4/3~12までに渡るロングラン公演『DOOODLIN’』への意気込み等、動画を見ているだけでは伝わらない、彼らの魅力に迫ります。
▶︎後編は「こちら」

⑷

まず始めにダンスを始めたキッカケを教えて下さい。
YOKOI
ダンスに出会ったのは小学生くらいでしたね。ダンス甲子園世代なんで、ずっと真似事とかはしていました。でも、漠然と「ダンスで食って行きたい!」と思ったのは17歳、高2の時です。キッカケは『ZOO』ですね。
もちろんアメリカのカルチャーの影響とかも受けているんですが、それを知るより前にまともなキッカケになったのが『ZOO』ですね。そこから興味を持って、ストリートカルチャーの世界にずるずるとハマっていった感じですね。

当時はどういう練習をされていたんですか?
YOKOI
当時はひたすらビデオを見て、それを真似して、みたいな。最初の頃は『ZOO』のビデオを見て、練習したりしてましたね。そこからちょっとずつ、当時はアメリカのPVでもMVでもアメリカのHIPHOPダンサーがいっぱい出てたので、そういう1秒2秒しか出てないものをいっぱい集めて、何回も見てそっから創造してましたね。

映像はダンサーのネットワークの中でダンサーの情報を集めるマニアがいたんですよね。で、その映像が、東京から大阪に回ってくるんです。その頃にはボロボロのすり切れたビデオの映像になってから届くんですけど、そのボロボロのビデオをよく見てました。

ダンスを始めた頃は、バトルにも出られていたんですか?
YOKOI
バトルとかも無かったんですよ。ただ、『DANCE DELIGHT』っていうチームダンスのコンテストが関西で始まったので、『DANCE DELIGHT』のネットワークもありましたね。
チームコンテストがあることを聞いて、仲間で「俺らもチーム組んで出よー!」となって。なので『DANCE DELIGHT』で優勝することを当面の目標にして僕らの周りはみんなやってた感じですね。
18歳になってすぐの時くらいに出たから1993年くらいに初めて出て。で、けっこうトントン活躍できて、翌年には『JAPAN DANCE DELIGHT』っていう全国版の大会になって、いきなり準優勝したんですよ。それでその年の大阪大会で優勝してみたいな感じですね。
『DANCE DELIGHT』がどんどん大きくなっていくタイミングで僕らもDANCE DELIGHTで一番活躍してた時期だったので、それで日本全国の人、アジアの人、ヨーロッパの人とかに僕らのことを見てもらえる機会があったんですよね。本当に環境が良かったと思います。『DANCE DELIGHT』には本当にお世話になりました

WRECKING CREW ORCHESTRA(以下W.C.O)ではDANCE DEILGHTには出られていないですよね?
YOKOI
出てないですね。初めて出たときも、優勝したときも違いますね。
W.C.Oを結成したのが2003年で、ちょうどその年が『DANCE DELIGHT』の10周年記念大会だったんですよ。
2003年の夏の時点で「W.C.Oをやっていこう」っていう話をしていたので、10周年の記念に、『エレクトリックトラブル』という僕が第4回の時に優勝したチームで『DANCE DELIGHT』出て、もう一度優勝して1つの区切りを付けようと。それで結局優勝できて、新たなステージにいこうということでW.C.Oでの活動を開始しました。

『DANCE DELIGHT』時代に仲良かったメンバーでチームを再結成して、新しいチームとしてやっていこう。と決心したのがW.C.Oということですか?
YOKOI
まさしくそういうことですね。ストリートダンスって普通ジャンルが違うと一緒に踊ったりはしないし、特に昔はそうだったんですよ。
でも、僕らが若かった時代っていうのはシーンが小さかったから、同世代であればみんな仲良かったんです。で、仲良いまま10年間、ずーっと経って、その仲間で「いつか一緒にできないか」ってい考えていたところで、W.C.O結成に至りましたね。

EL_SQUAD

結成から8年してから“光のダンス”を始めた理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?
YOKOI
まず僕らがW.C.Oを結成した経緯をお話すると、メンバーのみんながダンスを10年くらいやってきて、20代後半にさしかかって来た時、みんなが人生を考えていて「どういう風にダンスで生きていこう」っていうことを考えていて。
ダンスシーンではそこそこ有名になったし、ダンスの仕事はあったんですけど、新しい可能性を探していたんです。そこで、たどり着いたのが舞台でした。まだまだコアなダンスシーンを、誰もが楽しめるように「舞台」という形でを伝えられないかなと思って始めたんです。

それからはずっと、W.C.O自体の『ダンサーが今までやった事のないことをやりたい』っていうコンセプトを大切にしながら、色々なことに挑戦してきました。
ミュージシャンのようなライブを、ダンサーだけで表現する『M.O.A.L.I.V.E(モアライブ)』。ダンスでストーリーを表現する『daft-line(ダフトライン)』。あとはダンサーだけの全国ツアーとか、ダンスだけのDVDを出したり。その当時誰もがダンサーとしてやってなかったことをやり続けて来たんです。

そんな中で2011年、『FAKEST(フェイキスト)』っていう舞台を準備しているときに初めて『EL SQUAD(イーエルスクワッド)』っていうイルミネーションのパフォーマンスが生まれました。
そのキッカケっていうのが、2008年あたりからELワイヤーを装飾した衣装がミュージシャンの間で流行っていて。同時多発的に色んなところで始まっていたんです。それで、うちのメンバーの1人が、自分のスタジオの発表会の作品で、一回試しでELワイヤーをつけてやってみたんですよね。
それを見せてきたときに、「あ、これおもしろい。これ、なんかできんじゃねー?」ってなって生まれたのが、元々ですね。で、それを自分たちの舞台でちゃんとやってみたという感じです。

その当時は全て、自分たちでELワイヤーを発注して、自分たちで貼って、オンオフも手動で、踊りながら自分で付けて、自分で消して、みたいなことをやっていたんです。でも、それが舞台で爆発的に受けたんです。

それで、もっと可能性があるなってなったときに、たまたまLEDを制御することを研究している大学生ダンサーが知り合いにいて、そいつに頼んだら、ELワイヤー用のシステムを作ってくれたんです。
制御できるようになったから、もっと自由にやりたいことができるようになって、それでショーを作って、あるイベントに出て、その動画をYouTubeにあげたら、世界的に爆発したんです。

ELワイヤーの流行というか、流れは海外にもあったんですね。
YOKOI
『そうですね。僕らの前には『Team iLuminate (チーム アイルミネイト)というアメリカのチームも
いましたし、今現在でいうと世界中に僕らを模倣したELワイヤーを使ったパフォーマンスをするチームがいます。でも僕らの作品って、元々僕らが培ってきたダンス観、音楽観があって出来上がってるんで、結局だれも真似できないんですよね。
ただ光ってるだけでは何も面白くない。音楽の表現の仕方だったり、作品の流れ、ストーリーを緻密に作っていて、それをちゃんと踊れるスキルがあるから、あれが成り立つわけであって、そこには自分たちなりの自負がありますよね。』

後編「世界を魅了する「レッキンクルーオーケストラ」の単独公演『DOOODLIN’』!リーダーのYOKOI氏特別インタビュー! 後編」にインタビューは続きます。
後編ではいよいよ、『DOOODLIN’』公開の経緯、見所などをお話頂きますよ!

インフォメーション

▶︎DOOODLIN’公式サイト:
http://dooodlin.com/

▶︎レッキンクルーオーケストラ公式サイト:
http://wreckingcreworchestra.com/

▶︎公式Twitter:
https://twitter.com/WCO_JP

▶︎公式Facebook:
https://www.facebook.com/WreckingCrewOrchestra

▶︎公式YouTube:
https://www.youtube.com/user/wizartsjp